数多くいる五代目小さんの弟子の中で、内弟子生活の経験のある
小里んさんが傍で聞いていた師匠の考えや教えが書かれていて
心がほっこりするようなエピソードもたくさんあり、読み終えた人の
心も温かくしてくれる本です。

五代目小さんの素晴らしさが存分に分かる内容でもありますが
四代目小さんから受け継がれたもの、一門の雰囲気も感じられます。


「首提灯」をやった小さん師匠に黒門町の文楽師匠が「盛ちゃん、これは
お前のもんになります」と言ったというエピソード。小燕枝師匠が前座だった
頃の話だそうで、こういうのを読むとゾクゾクします。
「首提灯」聴いてみたいな〜と思っていたら、先日市馬さんがネタ出しして
いたので聴いて来ました。そのレポはまた後日。

「藪医者」は受けさせるために演る噺じゃない。受けさせようとすると
ホンワカした噺の味が消えちゃう。受けさせようと笑いを半端に増やしたり
クサく演られたりするとあんまり心持ちが良くない。そういう気質が一門には
あるという。難しいと言われている「猫久」、お客さんに受けるのも難しいそうです。

似たような話は他の演目の時にも出てきて、サラッと演ってお客は流れるよう
に聴いて面白かったらそれで良いというような噺。バカ受けするんじゃなくて
雰囲気を楽しませるようなのを良しとする。そいういうのを演れる噺家さんは
素晴らしいと思うし、私が柳家っていいなと思う要因のひとつなんだろうと思う。

今まで何人かの友達を初めての落語へ連れ立って行きましたが、好みも何も
わからないので、その都度「楽しめたかな?」と気になります。いろんなタイプの
噺家さんがいて、たくさんの噺があって、観に行くのは寄席だったり落語会
だったり色々なんだけど、まくらから爆笑して噺でもバカ受けするようなタイプ
の人だと「いやぁ〜面白かった!」と思って貰える確率は高い。
でも、そういうタイプじゃなくても大丈夫かな?と気にもなるんです。
寄席で初めて聴く人がいたり、タイプの違う噺家さんが出る落語会なんかで
お気に入りを見つけてもらえたらいいんですけどね〜


「ろくろ首」は私の中では落語にハマるきっかけになった特別な噺
小さん師匠は十八番中の十八番で、他の一門ではあまり演らない
噺でもあるんだそうです。読んでいてなるほど〜と思ったのは、セリフ
をしゃべるのは伯父さん、与太郎、ばあやの三人だけなのにとても
多くの登場人物がいるということ。さりげない会話のやりとりの中にも
その人たちの人と成りが感じられる要素が盛り込まれていること。猫
もちゃんと重要な役割をしているしw しっかり作り込まれた噺なんだ
なぁと感心しました。

そういうものなのかー?と思ったのは何度か出てきた小里んさんの
「噺を体の中に入れる」という表現。若いうちはどんどん覚えろと言われる
らしいですが、代々受け継がれる噺を確固たる哲学の元、それを作り
直したり、工夫したりして多くの噺をより質の高いものにした小さん師匠
の功績は素晴らしいものだったんだと改めて気付かされた本でした。

巻末の小三治師匠のエッセイでは、一般的には面白くないと言われる
ような起伏もなく同じテンポで進む退屈な噺が、実に素晴らしいと心底
思うと言う四代目小さんや五代目小さんの最晩年の高座を語っていました。
私にはまだまだ分からない次元の話ですが、分かる時がくるのでしょうか…?


落語は奥が深いなぁと今までにも言ったり書いたりしてきましたが
この本を読むと、自分がどれほど浅瀬でちゃぷちゃぷしていたんだろう
かと思います。一つの噺をどれほど掘り下げ、どれほどの思いを注ぎ込
んできたのかと思うと涙ぐんでしまうくらいその大きさ、深さをを感じます。

聴く方がそれを分かっていなくてもいいとは思う。
落語はそんなに難しく構えて聴くものではないと思うから。
頭の中を空っぽにして聴いて笑って楽しめばいいのだけれど、その裏には
噺に対する真摯な取り組みがあるということを忘れてはいけないと思う。

人間国宝 五代目柳家小さんは日本の宝、落語会の至宝なんですね。


中央公論新社 製作本部長 松室徹さんの書評がどんな本なのか
とっても分かりやすく書かれているのでお勧めです。
【書評】 『五代目小さん芸語録』柳家小里ん、石井徹也(聞き手)著